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バルケッタ!


日曜日にヨドバシカメラの帰り、奇遇にもフィアット・バルケッタに遭遇!それも4台連なって(^^) オフ会でのツーリングかクラブのツーリングなのかどうかは定かではありませんが、この寒空の下フルオープンで走る潔さは素晴らしいです(ユーノス・ロードスターに乗っていた頃を思い出させてくれます)。いつも通勤途中でたまに見かけるバルケッタにデザインの素晴らしさを感じていますが、今回のように4台も揃ってのオープン走行はカッコ良いの一言につきます。バルケッタの格好良さに見惚れて検索していたらアリタリア・カラーのバルケッタを発見!…もしかしてこれってプラモ?


JUGEMテーマ:FIAT(フィアット) 

イタリア車 | 00:35 | comments(0) | trackbacks(0)

いま一番乗りたい車・・・037ラリー


 
いまどうしようもなく乗りたい車と聞かれたら間違いなく「ランチア037ラリー」と答えます!ランチア + ピニンファリーナ + アバルト・・・もうこれ以上何を望むんだといわんばかりの車です。きっとイタリア車オーナーなら皆そう思うはずです。一度は所有したいランチア、そしてピニンファリーナのボディーは眺めているだけでも十分ですが、車ですから運転して何ぼです(笑)。いつかそのステアリングを握って見たいものです。きっと家が建てられるくらいの金額ですがいつの日か・・・必ず(思うのは自由ですから)。〜たまにはアルファロメオ以外に浮気してもいいですよね(笑)。

JUGEMテーマ:LANCIA

イタリア車 | 01:18 | comments(0) | trackbacks(0)

アリタリア パンダ!

久々に気合の入ったイタリア車を発見!会社帰りにドラッグストアに寄ったところ駐車場にひと際目を引くパンダを発見。スーパーカー世代とは馴染みの深い「アリタリア・カラー」です。知らない人はなんだろうと思いますが、イタリアの航空会社アリタリアのCIデザインをそのまま車両にステッカーとして貼りつけたものです。基本白ベースのボディーに赤と緑のラインが入るとまさに動くイタリア国旗ってなわけで目を引かないわけがないですwww。それにしても大胆です!気持ちは非常にわかるのですが、実際にやってのけるその潔さに拍手喝采。…あとで知ったことですがまだ20代前半の女の子がオーナーだそうです。一度だけお会いして話をさせていただきましたが、さらっと流して話していました。これまた潔い次第。

イタリア車 | 21:44 | comments(0) | trackbacks(0)

愛してやまないイタリア車 [ 5 ] FIAT RITMO ABARTH 130TC



1978年のトリノショーでデビューした「フィアット・リトモ」(英=リズム)は愛嬌のあるマスクではあるものの、お世辞にもかっこいいとはいえないスタイリングだったはず(笑)。FIATがVWゴルフと同じマーケットに送り込んだ対抗馬としてはお世辞にもいいとはいえないでしょう。ベースが FIAT128・3P だがむしろ128・3Pのほうがかっこいいとさえ思えるその締まりのないフェイズ機粉殘2灯)は、その後82年にフェイズ侠85年にフェイズ靴悗反焚修鮨襪欧討い辰拭文朕妖にはフェイズ靴一番かっこよく年代的に車への憧れが強かった時とオーバーラップしている)。フェイズ掘幣綉画像)までくるとVWゴルフ2と互角に争えるだけのスタイリングとパフォーマンスを兼ね備えており、皆はゴルフを選んでも私は間違いなくリトモを選択していたと思う(ゴルフ2も魅力的ではあったが)。

リトモ130TCはアバルト仕様があって特に目を惹かれるが、なんと言ってもその魅力は「イノシシ」と褒め称えられるだけの抜群の加速力を持ち合わせていた。言い換えれば、直線番長という表現がピッタリくるほど直線は速い!直線だけは・・・(^^♪。コーナリングはそのステアリングの重さに驚いてしまうため戦闘能力が落ちるものの、オーナー諸兄に言わせれば慣れの問題で解決するらしい。一度アルファ75を購入するときに候補に挙げましたが、程度のよい車がなく断念しましたが、見かけるたびに「運転したい」という衝動に駆られてしまい、今でも好きな車の1台です。実車を見ると正直重そうな印象を受けるが実際はぎりぎり1tをきっておりライトウエィトはハッチバックなのである。この車の目立ったトラブルとしてはエンジンルーム内の余熱でICが焼けてしまうといったマイナートラブルがあったはずだと記憶している。

当時のJAXでは筆頭車両として売り出だしをかけ、女性向けにPRした広告も見たが本当に女性ユーザーがいたかは怪しいと思う。おしゃれな感じがないだけにむしろ敬遠されたと思うのだがいかがなものか?今ではすっかり見なくなったリトモですが、仙台市内では一台だけ年に1回ほど見たりします)。あぁ〜、やっぱり一度はステアリングを握ってみたかった!...さらにリトモを調べてみるとベルトーネ製のカブリオレも存在していました。英国・米国向けでは名前を「ストラーダ」として販売したそうです。なお、リトモをベースとしたレガータというセダンも存在していましたが、この後155などのプラットフォーム車として広く愛されたTipo(ティーポ)へとバトンタッチしていきます。

イタリア車 | 01:03 | comments(3) | trackbacks(0)

愛してやまないイタリア車 [4] ALFAROMEO MONTREAL



アルファロメオの中ではあまりにもマイナーな存在の “モントリオール”。その実車を見たのは数年前のニューイヤー・ミーティングでの1回だけという乏しい体験(T_T)。その他に漫画の GT roman で見かけたときは西風さんのその描写技術のすばらしさも相まって見とれたこともありました。その後95年のカレンダーに写真が掲載されていたのでしばらくめくらずにそのままにしていたところ、だんだんと惹かれてはいきましたが、その腰高なそのスタイルにはいまひとつ夢中になれなかった思います。ですから、一目惚れのように突然好きになったというわけでもなく自然に好きになったという表現がこの場合正しいでしょう。

現在は、許すことなら次期購入車として考えてはいるのですが正直その車両価格に舌を巻いています。最低300万からですから極上車ともなれば500万はくだらないでしょう。問題点としてはパーツ供給の問題と国内ユーザーの少なさもあり総合的に見ても購入に踏ん切りがつきません(T_T)。現在のスーパーのように、購入してしまえば何とかなるといった考えにもいたらず、相も変わらず悶々としています(笑)。

デザインは、ベルトーネのマルチェロ・ガンディーニが担当しており、素人目にもランボルギーニ・ミウラに類似した部分を多く感じてしまう。個人的には、67年のカナダ・モントリオールに展示されていたプロトタイプが非常に好きなのですが、当時造られた2台のうち現存しているのはムゼオにある1台だけだといいます。この車の最大の注目点は量産車唯一 “Tipo33コンペティツィオーネ” から拝借したV8ユニットが搭載されている点である!デチューンされているとはいえ、優に公表値の220?を達成できるハイパワーで(当時のクワトロルオーテ社のテストにて)高速コーナーを得意とするパフォーマンスを持ち合わせ、当時のアルファロメオ社のスポーツモデルのフラッグシップとしての名に恥じない存在として君臨しておりました。。

67年のカナダExpで好評を博した後に、3年の開発期間を経て70年のジュネーブショーで量産車が発表されたわけですが、その眠そうな半リトラクタブル形状のライト周りのデザインを愛嬌と受け止めることを良しとしても、車高が高くなり正直かっこ悪くなってしまい頂けません(T_T)。それと、プロトタイプにはなかったボンネットのNACAダクトのパワーバルジ(ダミー)ですが、大きなV8エンジンを載せたために、スピカのインジェクション・ポンプとエアークリーナーが収まりきらずに設置されたそうですが、極力最初のデザインをいじりたくなかったベルトーネはそれを良しとしなかったといいます。

すばらしいパフォーマンスに負けず、当時の価格もラインアップ上ではフラグシップらしく、一般庶民では手の出なかった価格設定だったようです。オプションはパワーウインドウ、メタリック塗装、エアコンで、当時のオイルショックの影響をあまり受けず堅調に販売を伸ばして7年間に3925台を生産。私はその内装のかっこよさと、ベルトーネのすばらしいデザイン、量販車の唯一のV8サウンドを体感したいがために、購入へのつのる想いをいつまでも心にしまっておきたいと思っています。

世界的に有名なモントリオ−ルの専門サイト “The Alfa Romeo Montreal Home Page” をご覧あれ!

イタリア車 | 23:08 | comments(0) | trackbacks(0)

ランチア・デルタ → HID



本日夕方近くにA.R.Pさんへお邪魔したところ、お客さんのyamayaさんがちょうどHIDキットをランチア・デルタEvo? に取り付けたばかりで、タイミングよく点灯式に遭遇できました。その画像は下にありますが、正直「明るすぎっ!」というくらいのすさまじい光量です。フィットにもついていて見慣れてはいるのですが、他の車をみるとまた違う感じがします(笑)。ちょうど居合わせたパルテンツァのマニーリアさんや、MONZEGLIOさんも同じことを考えたに違いありません。HID+Giulia...う〜ん、どうでしょう?客観的に考えてジュリアにHIDは似合わない気もしますが、運転する側からみればついていると助かると思います。鳥目の人にとっては最高のパートナーでしょうね。

イタリア車 | 22:20 | comments(0) | trackbacks(0)

愛してやまないイタリア車 [ 3 ] Lancia Fulvia Coupe



実は私、ALFAオーナーのくせに「隠れランチア・ファン」なんです!(^^♪ 〜さかのぼること28年前、スーパーカーブームの最中初めて乗ったスーパーカーが(もちろん有料でした)、ランチアストラトスだったのです...カウンタックに乗れなくて選んだというのが正直なところなのですが、今思うとその判断は間違いなかったみたいです(それ以来乗ったことないので)。さて、今回の「愛してやまないイタリア車」は隠れランチアファンにちなんでストラトスといきたいのですが、もう少し後にとっておくことにして、いまだに衝動的に購入意欲をそそられる「フルビア・クーペ」です。

フルビアクーペは、現在所有しているジュリアスーパーと同じくらいの時期に作られていることから、この年代が私のもっとも好きなイタリア車が数多く存在するのと同時にイタリア車がもっとも華やいでいた頃だと思われます(戦前のモデルも素晴らしいのですが、世代的な問題で興味が薄れてしまいます)。フルビアは63年にセダンがデビューし2年後にクーペが発表されますが、このクーペは以外にも自社デザインということに驚かさせられます。てっきりどこかのデザインセンターが手がけているもんだとばかり思っていましたから...。このデザインは私的にジュリアクーペにも劣っていないと思いますし、軽快感溢れるスタイルにいまだに魅了されます。ましてやエンスー心をくすぐる右45度に傾けて搭載される狭角V型4気筒エンジン!

'66年にはラリー参戦を果たしクーペHFが登場し、さらにシリーズ2へと進化していくわけですが、69年にはご存知のとおりランチアはフィアットの傘下に入り倒産状況を救われます。しかしフィアットのすごいところは、ランチアの独自性とポジショニングを残し存在意義を生かすところにありました。よって部品などのコストダウンを図りつつフルビアのようなエンスーモデルも生き残りラリー活動も引き続き行われる事となります。72年にセダンが引退してもフルビアは74年にはシリーズ3と進化して2年後の76年にラインオフし11年の長き歴史に幕を下ろしてしまいました。

個人的には最初のシリーズ1がお気に入りですが、67年登場のクーペ・ラリー1.3HFも心を揺さぶられます。フロントグリルがやや控え目になったシリーズ2も捨てがたい!ちなみにザガートが手がけた魅力的なフルビア・スポルトもありますが、ザガートだけに好みが大きく分かれます。

※写真はフルビアクーペ・ラリー1.6HFです。

イタリア車 | 23:42 | comments(0) | trackbacks(0)

愛してやまないイタリア車 “Lamborghini Miura”



スーパーカー・ブームの最中もっとも好きだったのがこのランボルギーニ・ミウラです。小学校のクラスの中でもミウラはだんとつの人気で、当時池沢さとしの「サーキットの狼」の影響力も高かったのだと思われます(飛鳥ミノルが乗っていた車ですね)、この頃のミウラの人気はまるで、ゴレンジャーの中のアオレンジャーの如く人気があったのですよ(笑)。

私的に一番衝撃的だったのが、ブームの最中にでたスーパーカーの音を録音したレコードでした。確か徳間音工が出したレコードなのですが内容が豪華?で・・・ミウラ・イオタ(まったくのレプリカ)・ポルシェ930ターボ・フェラーリ365GTB4/BB・ランボルギーニ・カウンタックLP400の5台が収録されていました。ご存知の方も多いと思いますが、内容はドアをあける音に始まり、パワーウインドウ開閉、電磁ポンプ、ワイパー、リトラクタブルヘッドライトの開閉、などなどのいろいろな音を収録し、最後にアクセルを数回煽った後に通過音と走行音が収録されています。その中でも子供ながらにショックを受けたのがミウラP400SVでした。今でも惚れ惚れするほどかっこいい音でした。乗れないだけに想像力が増したのだとも思いますが、これは今でも大切に保存しています。小学校のときにイベントは3〜4回ほど足を運びましたが、仙台市内のイベントで間近に見たといえば、当時あった仙台駅近くのスーパー・エンドーチェーン建物裏の特設会場でした(駐車スペースを流用したお粗末なものでした)。カメラ片手にミウラばっかり撮影し、係員に見つからないように張られたロープをまたいで接写してました(笑)。

ミウラは1966年にP400がデビューし、P400S→P400SVと進化を遂げます。P400時は350PSだったパワーもP400SVになると385PSまでスープアップしています。しかしそれとともに車重も980?から1305?と肥えてしまって軽快感を損なっていきます...(T_T)。P400SVになって外観上の違いは、リアのフェンダーが膨らんで迫力を増したことでしょうか。

当時の若手チームが作成したシャシーにフェルッチオが目をつけて、前輪駆動のミニからアイデアを受けてドライブトレーンを後ろに横置きのままもっていったと言われています。びっくりするのがスペース確保のためにデフとギアボックスをクランクケースと一体成型していたというからすごいです。デザインはご存知、ベルトーネのマルチェロ・ガンディーニの出世作といわれていますが、ジウジアーロの影響が強く残っているとの話もあります。
65年のトリノショーのデビューで一世風靡を博したものの、開発期間が短く熟成不足で初期トラブルが多かったとも記されておりますが、巷ではまともに走るミウラは皆無とも言われておりますが、実際に乗ったこともないので雲の上の話なんですけどね。

71年当時、東京での販売価格が1,200万だそうで価格もスーパーですね。6気筒のディーノで900万、12気筒のデイトナで1,500万でしたから、当時から金額で比較するとフェラーリのほうが一枚上手だったわけです。しかしこれ以降ブームに押されて価格が跳ね上がっていき、512BBやカウンタックLP500あたりで2,400万位になり現在の価格と肩を並べています。レート換算すると今の3倍の値段になるわけですね。いやはやすごい、すごい!〜いずれにしても宝くじでも当たらないと買えない車です。

※写真はP400です。

イタリア車 | 22:28 | comments(0) | trackbacks(0)